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優秀なグローバル人材を採用したいなら、公用語を英語にするべき

グローバル人材

2012年に楽天グループが社内公用語を英語に変更して以降*1、ファーストリテイリングや本田技研工業など、様々な日本の大企業が社内公用語の転換に挑戦してきました。

背景には、海外市場への進出や外国企業との提携機会が増える中で、社内の言語の壁が国際競争力の阻害要因になるとの危機感があります。事実、Tsedal Neeleyによれば、世界の多国籍企業の約52%が本国語とは異なる言語(主に英語)を、社内共通語として採用しているとされており、言語戦略は企業のグローバル展開に不可欠な要素です*2。社内の公用語を英語に切り替える取り組みは、単に業務効率を上げるだけでなく、国内外のグローバル人材の採用にも大きな効果をもたらすと考えられています。特に新卒レベルにおいて、海外のトップ大学で学ぶ優秀な日本人学生は、普段から英語を使う環境で働きたいと考える傾向にあるため、公用語を英語にするという取り組みは、そうした人材を惹きつけやすくなるという点で非常に有用です。一方で、こうした施策に対する日本のメディアからの目は冷ややかであることも事実です。

本記事では、そうした英語公用語化の背景を整理した上で、英語を公用語化することのメリット・デメリットや過去事例を踏まえた上で、優秀なグローバル人材の採用という観点から、公用語の英語への切り替えという施策について考察していきます。

社内英語公用語化の背景 - 経済・市場のグローバル化


英語公用語化の議論は単に「言語」の問題にとどまらず、グローバル経済や国内市場の構造変化など、幅広い経営課題と結びついています。ここでは、特に日本企業が英語化を迫られる経済・市場的背景を簡潔に整理します。


a. 日本企業の事業における海外比率の高まり

近年、日本企業の事業における海外比率は急激に高まっております。2023年度のJBIC(国際協力銀行)の調査によれば、2023年度の日本企業全体の海外売上高比率は39.1%と見込まれており、2022年の27.9%と比較して、50%近く増加していることが分かります。また海外生産比率についても同様であり、2023年度は35.8%と、2001年の24.6%と比較して、こちらも50%近く増加していることが分かります*3。そうした中で、英語が共通言語として使えなければ海外と国内の連携がうまく進まず、結果的に大きく遅れを取るリスクが高まります。


b. 外国人労働力の確保: 少子高齢化による人材不足とグローバル人材戦略

日本の少子高齢化により労働力不足が深刻化する中、優秀な人材を国籍を問わず確保することが企業存続の重要課題になっています​。実際、国内の人手不足に対応するため、企業や地域はこれまでにないペースで外国人労働者の受け入れを進めており、日本で働く外国人労働者数は年々過去最多を更新しています​。こうした「人材開国」とも呼べる流れの中で*4、英語が社内コミュニケーションの基盤となっていれば、海外からの人材を採用・定着させやすくなります。


c. テクノロジーの進展と英語: IT・AI時代のビジネス環境国際化

急速なITの普及とAIの進化により、ビジネス環境は地理的制約を超えて国際化しています。オンライン会議システムやクラウドサービスの発達によって、地球規模でリアルタイムに協働することが当たり前になりつつあります。こうした技術進展は社内外のコミュニケーションをグローバルに接続し、結果として共通言語の必要性を一層高めています。

技術分野に目を向けても、最新の研究成果やソフトウェアドキュメントは英語で共有されることが多く、テクノロジーの知見自体が英語で蓄積・拡散しています​。AI翻訳などのツールも登場していますが、それだけに頼ることには限界があります。特に高度なビジネス交渉やイノベーション創出の場では、文化的ニュアンスを理解した上での微妙な意思疎通や信頼関係構築が重要であり、これは現状AIには困難です​。したがって、IT・AI時代においても英語公用語化の意義は薄れておらず、むしろ世界中の情報や人材にアクセスし活用するための基盤として重要度を増しているのです。



英語公用語化のメリット


1. グローバル人材の確保と採用競争力の強化

社内公用語を英語に設定することで、採用候補が日本語話者に限定されなくなり、世界中から優秀な人材を迎え入れられるという利点があります。これは「グローバルタレントマネジメント」の観点から極めて重要であり、楽天では英語公用語化を本格導入した2012年以降、2018年時点で社員全体に占める外国籍比率が約2割に達し、導入前(2010年)の約20倍に増加しました。特に新規のエンジニア採用では7~8割が外国籍となっており、高度人材の獲得が英語公用語化と直結していることがうかがえます*5


また英語を扱える環境がある企業は、語学力の高いグローバル人材にとって魅力的な就職先となり、人事面での競争力を高めます。実際、Jelper Clubの会員学生である世界トップ大学の日本人学生からも、就職先の検討において、以下のような言葉を聞くことが多いです。


就職先として一番大事にしているのは、「英語を使う環境があるかどうか」である。せっかく海外の大学で学んでいるのだから、そこで学んだ語学力を活かした仕事がしたい(メルボルン大学 ファイナンス専攻)
将来的にグローバルで活躍したいので、新卒のうちから英語を使って海外の人と働ける環境で働きたい(UCL 社会学専攻)

よって、英語を公用語にすることは、単に外国人労働力の確保という観点だけでなく、優秀な日本人のグローバル人材採用にも繋がるということです。

特に先述の通り、今後日本国内の市場が縮小していく中で、グローバル市場に活路を見出していく必要があり、優秀なグローバル人材や外国籍の採用は必要不可欠です。そうした採用において、英語を公用語にする施策は非常に大きなインパクトを持ったものと言えるでしょう。



2. 海外支社・多国籍企業との連携強化

英語は事実上の「ビジネス・リンガフランカ(共通言語)」として機能しており、海外の支社との連携や取引先、パートナー企業との協業・交渉・契約を円滑に進める上で英語は必要不可欠となっています。実際、ブリヂストンでは、国内拠点を含めて会議やプレゼンを英語化したほうがスムーズな事業推進が可能となった、という社内実験の結果をもとに、英語の公用語化を開始しました*6。また共通言語の確立は、海外企業との共同事業やM&A後の統合をスピーディに進める「ポスト・マージャー・インテグレーション(PMI)」の観点からも大きな効果が期待されます*7



英語公用語化のデメリットと課題


1. 社員の適応負担とモチベーション低下

日本語で働いてきた社員にとって、業務言語を英語へ移行することは大きな心理的ストレスとなり得ます。楽天の例では、2010年に「2年以内に英語を習得できなければ降格」という厳しい目標が提示され、社内に混乱が生じました。導入初期には一時的な生産性の低下や、英語力に自信のない社員のコミュニケーション意欲減退が報告されています*8。また、特に年齢の高い層や英語アレルギーを持つ層では「評価から外されるのではないか」という不安が広がり、モチベーション低下につながった事例も見られます*9


2. コミュニケーションの質低下と社内分断

英語公用語化の過渡期には、十分な英語力を身につけていない社員が発言を控えてしまう「沈黙効果」や、アイデアの提案機会が減るリスクがあります。また、英語を使いこなせる集団とそうでない集団の間に情報格差が生まれ、新たな「派閥」や「溝」を生む懸念が指摘されています*10。こうしたコミュニケーションの質的低下が常態化すると、イノベーション創出力や意思決定力を阻害し、組織全体のパフォーマンスを損なう可能性があります。


3. 日本語の繊細なニュアンスや文化的要素の損失

英語によるビジネスコミュニケーションは、グローバル展開に強みをもたらす一方で、日本語が持つ微妙な言い回しや文化的・慣習的な文脈を活かしづらい側面もあります。国内顧客向けのマーケティング戦略や商品開発には、依然として日本語を介した詳細な議論が欠かせない場面が多々あります。ファーストリテイリングの柳井正社長は英語公用語化を推進しながらも「英語はビジネスコミュニケーションのための共通言語であり、日本語の文化的背景や考察そのものは維持すべき」と強調しており*11、日本語の強みと英語公用語化の両立が求められています。


4. 導入コストと長期的な投資

英語公用語化を実現するには、社員の語学研修や教材整備、評価制度の見直しなど相当のリソース投下が必要です。例えば、楽天では途中から社内での英語クラス開講や業務時間中の学習機会提供、部署ごとの進捗管理など、組織ぐるみで学習支援策を講じました​*12。こうした取り組みには時間と費用がかかります。また、短期的には生産性低下などのコストも覚悟しなければなりません。投資に見合う効果が出るまで数年単位のスパンが必要であり、経営陣の強いコミットメントと一貫した支援が求められます。英語公用語化の成果が業績に直結するかは測りにくい面もあり、株主などステークホルダーに対する説明責任も課題となります​。

さらに、社内の抵抗勢力への対応も無視できません。マイクロソフト日本法人元社長の成毛真氏は「日本人の9割は英語不要」と述べ、楽天やユニクロの英語公用語化を「バカげている」と批判しました​。ホンダの伊東元CEOも2010年当時「社員の大半が日本人なのに英語のみはおかしい」と否定的な見解を示しています​*13。このように社内外から反対意見が出る中でプロジェクトを進める難しさも、経営課題として認識する必要があります。



事例分析


英語公用語化に成功した企業


楽天株式会社:

日本において「英語公用語化」の先駆者的存在であり、2010年に三木谷浩史社長が英語公用語化を宣言して大きな注目を集めました。2年の移行期間を経て、2012年から会議・資料・メールすべてを英語に統一し、当初は社内からの反発や戸惑いも大きかったものの、ハーバード大学のセダール・ニーリー教授らの協力を得て課題を分析し、研修や進捗管理を徹底しました。その結果、2012年の時点で社員の90%以上が所定の英語力目標を達成し、2018年ごろには平均TOEICスコアが830点にまで上昇。世界70か国以上から人材を集められる組織へと変革を遂げました。もっとも、ニーリー教授の分析によれば、この取り組みが直接業績にどう影響したかは定量的に示しづらい部分もあるとされ​、成功はしているものの「英語化=即収益向上」と単純には結び付けられない点には留意が必要です。それでも楽天の事例は、経営トップの強力なリーダーシップと科学的アプローチに基づくチェンジマネジメントによって英語公用語化を定着させた好例として、国内外のビジネススクールでも教材化されるほど注目を集めています*14*15


株式会社ファーストリテイリング(ユニクロ):

ユニクロを展開するファーストリテイリングは、2012年前後から本社の会議や資料を段階的に英語化しています。柳井正社長は「10年後の日本市場では、国内完結の働き方では生き残れない」という危機感を示し、多国籍の優秀人材を積極採用する方針として英語公用語化を推進。同時に、「英語はあくまでビジネス上の共通言語であり、日本語による企業文化や思考方法は否定しない」と明確に打ち出し、日本語の強みと英語の実務的利点を両立させようとしています。この柔軟な方針により、日本人社員に過度なプレッシャーを与えずにグローバル化を進めている点が特徴です*16

ファーストリテイリングのユニクロ事業においては、施策開始から数年で海外売上比率が50%を超えるなど国際展開が加速しており*17、英語化がその基盤を支えたと考えられます(同社の統合報告書などによると、本社には多数の外国籍人材が活躍していることが示されています)*18


ブリヂストン株式会社:

タイヤ大手のブリヂストンも、2010年代半ばに英語公用語化へ踏み切りました​。元々グローバル企業として海外拠点も多く、社内報告書の多くを英語で作成していた同社ですが、さらなる国際化のために国内含め会議も英語へ統一する決定を下しました​。英語で行った方が会議がスムーズに進むという社内実験的な経験が後押しとなったとのことです​。津谷正明CEOは「真のグローバル企業になるため英語化は正しい道」と述べるとともに、「若手社員にとって英語は出世の必須条件」と言及し​、社内の意識改革を促しました。ブリヂストンは英語化準備として既に多くの社内資料を英訳しており、非英語話者が情報にアクセスできない状況を改善する目的もありました​。

このような段階的準備を経て英語公用語化に移行したことは、スムーズな定着に寄与したと考えられます。ブリヂストンの取り組みはまだ検証段階の部分もありますが、人材育成面では若手の英語学習意欲を高め、グローバル幹部候補の育成につながっていると評価されています*19



英語公用語化に失敗・停滞したケース


明確に「英語公用語化に失敗した」と公表されているケースは少ないものの、導入に苦戦した例や、結果的に計画を凍結した例もあるとされています。多くの場合、失敗要因は前述のデメリット(社員の反発、コミュニケーション悪化、費用対効果の疑問など)に起因します。結局のところ、英語公用語化はトップダウンだけでは機能せず、ミドルマネジメントや社員の協力を得られないと形骸化するのです​。

また、一部の中小企業では海外展開を模索して英語化に挑戦したものの、十分なリソースを投じられず途中で断念した例もあります。重要なのは、英語公用語化それ自体が目的化してしまうと本末転倒であり、あくまで経営戦略を実現するための手段であることを見失わないことです。英語化によって「何を達成したいのか」が不明確な場合、社員の納得感も得られず失敗に終わりやすいでしょう*20



考察と結論 - 優秀なグローバル人材を採用したいなら、公用語を英語にするべき


以上の分析から、英語公用語化はグローバル人材の獲得や企業の国際競争力強化に有効な戦略である一方、導入には慎重な運用と社員への包括的なサポートが欠かせないことが分かります。英語を社内共通語とすることで優秀な外国人材を惹きつけ、世界規模で事業を展開する下地を作った楽天やユニクロの事例は、その有用性を示しています。特に楽天は英語化によって社員の語学力を底上げし、世界中から人材を集めて事業領域を広げるという好循環を生み出しました​。これは「もし英語化していなければ実現し得なかった成果」であるとも言えるでしょう。


しかし同時に、英語公用語化は万能薬ではなく、企業によって向き不向きがあります。海外比率が高く国際協働が日常的な企業にとっては英語化のメリットが大きいですが、事業が国内完結型である企業や、社内に十分な英語運用ニーズがない場合は、無理に導入してもコストばかりが先行する可能性があります​。実際、日本企業の中には英語公用語化を掲げずとも、必要な部門にバイリンガル人材を配置したり逐次通訳を活用したりしてグローバル対応している例も多くあります。こうした企業では、日本語で高度な議論ができる強みを活かしつつ、必要な場面で英語対応することでバランスを取っています。すなわち、自社の戦略目標と現状の人材構成を見極め、英語化が真に「手段」として有効かを判断することが重要です。


英語公用語化を成功させる鍵は、経営層の明確なビジョン提示と、現場レベルでの丁寧な実行支援にあります。社員の語学習得を支援する研修制度や、失敗を許容して学べる企業文化、そして日本人・外国人双方の文化的相互理解(カルチュラル・インテリジェンス)の醸成が不可欠です​。言語だけでなく文化の壁も取り払う努力を並行して行うことで、初めて英語公用語化の効果が最大限発揮されるでしょう。


総括すると、優秀なグローバル人材を積極的に採用・登用したい企業にとって、英語を社内公用語とすることは有力な選択肢です「言語の統一」は「社内の方向性の統一」に通じ、組織を世界水準に引き上げる推進力となり得るためです*21​。日本企業が国際競争で勝ち残るためには、英語公用語化を含む大胆な変革が時に必要でしょう。ただし、その実行には周到な準備と長期的視点が求められます。各企業は自社の状況に合わせて最適なアプローチを模索すべきであり、例えば段階的に英語利用範囲を広げる、特定部署で試行する、あるいは英語能力向上を昇進要件に組み込むといった方法も考えられます​。重要なのは、ゴール(グローバルでの採用競争力の強化など)を見失わずに言語政策を運用することです。


最後に展望として、テクノロジーの進化も触れておきます。近年ではAIによるリアルタイム翻訳の発展により、将来的には言語の壁自体が低くなる可能性も指摘されています*22​。しかし現時点では、やはり共通言語を人間同士が共有する意義は大きく、信頼関係構築や組織文化の醸成という観点からも、「言語を合わせる」ことの価値は揺らぎません。英語公用語化は、日本企業が真のグローバル企業へ脱皮するための一つの有効なツールと言えるでしょう。各企業が自社にとって最適な言語戦略を描き、優秀な世界トップレベルのグローバル人材を惹きつけ採用し、活かしていくことが、これからの国際競争を勝ち抜くカギとなります。



出典


1. 「楽天の歴史」(Rakuten):https://corp.rakuten.co.jp/about/history.html



3. 「わが国製造業企業の海外事業展開に関する調査報告 ー2023年度 海外直接投資アンケート結果(第35回)ー」(株式会社国際協力銀行):https://www.jbic.go.jp/ja/information/press/press-2023/image/000005619.pdf




6・11・13・16・19・22. "Five Japanese Companies That Saw Results After Investing In Language Training" (Mary Olinger): https://www.languagetrainers.com/blog/five-japanese-companies-that-saw-results-after-investing-in-language-training/


7・8・12・14・20・21. "When a Japanese company adopted English as a first language" (Strategy+Business): https://www.strategy-business.com/article/When-a-Japanese-Company-Adopted-English-as-a-First-Language#:~:text=company%20was%20pursuing%20a%20strategy,could%20drag%20on%20for%20days



17. 「セグメント数値」(FAST RETAILING):https://www.fastretailing.com/jp/ir/financial/segment_5yrs.html


18. 「What Diversity Means to Us」(FAST RETAILING):https://www.fastretailing.com/employment/ja/diversity/people/oskari.html



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