
少子高齢化による国内労働力不足や急速なグローバル化の進展に伴い、日本企業の人材確保・育成は多岐にわたる課題を抱えるようになっています。特に、世界をリードする技術力と長い歴史を有する日本の"ものづくり企業"は、国内外の市場を舞台に持続的な成長を図るうえで、優秀な人材の獲得競争に直面しています。また近年、日本国内におけるコンサルティング業界や商社業界の人気により、国内学生のトップ層の採用競争は熾烈となっています。
他方で、海外、それも特に欧州のトップ大学の学生の間では、自動車や航空・宇宙、化粧品などの、いわゆる"ものづくり企業"が人気を集め続けているという興味深い現象が見られます。
本記事では、特に欧州のトップ学生がものづくり企業を目指す背景を整理したうえで、日本企業が直面する国内外の採用課題を考察します。その上で、今後ものづくり企業が欧州をはじめとした世界トップ学生を採用していくために必要な方策について提言していきます。
1. 欧州のトップ学生がものづくり企業に関心を持つ理由
1.1 欧州学生の就職ランキング
欧州をはじめとする海外の大学生は、"ものづくり企業"の製造業を就職先として高く評価する傾向があります。以下ににフランス、イタリアおよびドイツのビジネス専攻(イタリアはビジネス/経済)学生における就職先人気ランキング1位から10位を記載します*1。
フランス
1位 LVMH
2位 L'Oréal Group
3位 Hermès
4位 Apple
5位 Chanel
6位 Google
7位 J.P. Morgan
8位 Mercedes-Benz Group
9位 Goldman Sachs
10位 Air France
イタリア
1位 Apple
2位 Intesa Sanpaolo
3位 Ferrari
4位 Google
5位 European Central Bank
6位 UniCredit Group
7位 Prada
8位 J.P. Morgan
9位 Gucci
10位 Amazon
ドイツ
1位 Porsche
2位 Mercedes-Benz Group
3位 BMW Group
4位 Apple
5位 Audi
6位 Google
7位 McKinsey & Company
8位 Lufthansa Group
9位 Siemens
10位 Microsoft
上記の顔ぶれを見ると、衣服や化粧品、電機、自動車メーカーなどの企業が多くランクインしています。
こうした欧州の学生による「ものづくり企業」への高い関心の要因の一つとして、最新技術や研究開発の最前線に携われる機会があるということが挙げられます。たとえばドイツの自動車メーカーAudiでは、「若手技術者にとって革新的なコンセプトに関われることは非常に魅力的だ」という人事担当役員の言及があります*2。しかし、それは無形商材を扱う企業においても同じだと言えます。それではなぜここまで有形商材を扱う企業の人気が高いのでしょうか?それは欧州の「ものづくり企業」が持つ「ヘリテージ」に魅力を感じる学生が多いと筆者はみています。次項では、この「ものづくり企業」が持つ「ヘリテージ」について深堀していきます。
1.2 就職先選好におけるヘリテージの役割と日本企業による採用への示唆
Cambridge Dictionaryによれば、ヘリテージ(Heritage)とは、"features belonging to the culture of a particular society, such as traditions, languages, or buildings, that were created in the past and still have historical importance"、和訳すれば「特定の社会の文化に属する特徴であり、伝統、言語、建築物など、過去に作られ、今でも歴史的に重要であるもの」となります*3。特に欧州で古くから存在する"ものづくり企業"の多くがこのヘリテージを持っており、このヘリテージが持つ長い歴史とストーリーが、各企業が生み出すプロダクトにブランド価値を付け加える大きな要素となっております。これは消費行為のみならず、就職活動においても魅力の一つとなっており、海外学生を惹きつける強力な要素です。実際、イタリアのランボルギーニが就職先として人気を博している理由の一つとして、「ブランドが放つ伝統や憧れ」が挙げられています*4。
そうした中で、日本のものづくり企業は、その多くが古くから製品を製造している他、世界的に知られる企業も多数あり、匠の精神や長年にわたって蓄積された信頼性が海外から高く評価されています。以下に、欧州トップ大学の学生からの日本の某メーカー企業に対するコメントを記載いたします。
長い歴史を持つXXで働くことは名誉である(某英国トップ大学 学士学生)
XXの変革の歴史と、変革の中でも捨てずに事業のコアとして存在し続けるYYというプロダクトに憧れがある。YYは普段から私も使っており、品質が非常に高い。そうした事業に私も携わりたい (某欧州トップ大学 修士学生)
上記の通り、こうした日本のものづくり企業が持つヘリテージに憧れを持っている世界のトップ学生は実際多いです。よって、日本のものづくり企業は、採用マーケティングを工夫していけば、欧州のトップ学生を惹きつけることが十分可能であり、実際に採用することもできます。
2. 国内外の採用状況と課題
2.1 国内採用の現状
日本国内では近年、大学の最上位層ほど製造業を敬遠する「製造業離れ」が顕著になってきたと指摘されています。たとえば東京大学の就職先ランキングを例に見ると、2000年代までは日立製作所や東芝、
トヨタ自動車など大手メーカーが上位を占めていました*5。しかし2020年代に入ってからは、外資系コンサルティングや総合商社、国内外の金融機関へ学生の志望が大きくシフトしており、製造業の存在感が大幅に低下していることが報告されています。最新の東大生の就職ランキングでは、三菱商事や三井物産、野村総合研究所(NRI)などが上位を独占し、大手メーカーが上位に入らない傾向が見られます*6。
こうした傾向には、近年のテクノロジーの発展により将来の不透明性が高まり、将来何をしたいのかが分からない、いわゆる"キャリア・モラトリアム"に陥っている学生が増加していることが背景にあります。それに起因して、一つの分野・地域に絞らずに様々な業種に携われることや、ジェネラルなビジネススキルを身につけることができる業種に人気が集まっていると考えられます。言い換えれば、コンサルティングや商社などでは、様々な業種・地域のビジネスに携わることができると判断されている、ということです。マッキンゼーなどの外資系コンサルが東大などの最難関大学から多くの学生を採用している現状も、その一端を示しています。
2.2 世界人材採用における課題
日本企業が海外の大学生や外国人留学生を新卒採用する場合、まず言語・コミュニケーションが大きな障壁となります。多くの日本企業は、外国人学生にも日本人学生と同様の基準で選考を行うことが多いため、実質的に高度な日本語能力を必須要件としているといえます。ある調査では、理工系の外国人留学生に対して企業の約70.7%がビジネス中級レベルの日本語力を求めているという結果が示されています*7。
さらに、企業側の受け入れ体制や社内制度の未整備も課題として浮上しています。社内で英語を使用できるか、外国人社員のための研修制度は十分か、ジョブローテーションや人事評価は多様なバックグラウンドを持つ人材に対応できているかなど、多方面にわたる整備が必要になるからです。また、中堅企業など認知度が低いものづくり企業にとっては、そもそも優秀層と接点を持ちにくい構造的な困難があると言えます。
日本のものづくり企業による世界トップのグローバル人材採用に向けた提言
最後に、上記の状況分析と成功事例を踏まえて、日本のものづくり企業が世界トップの学生を採用し、定着・活躍に導くための方策を提言いたします。
3.1 グローバル人材採用戦略へのシフト
まず大前提として、採用ターゲットを国内の上位大学だけでなく、海外のトップ大学にも拡大していくことが重要です。海外のトップ学生の採用のトピックをものづくり企業の担当者と話す際に、担当者側から良くあがる言葉として、以下のようなものがあります。
うちにそんな優秀な学生が来るとは思えない
うちにきたところで、活用できる道筋が見えない
しかしながら先述した通り、日本のものづくり企業は世界トップ大学の学生を採用できるポテンシャルを秘めた企業群であることは間違いありません。そうした現実を知った上で、まずは会社として世界トップのグローバル人材を採用するということの意思を統一し、採用戦略をシフトしていく必要があります。
勿論、採用戦略をシフトするという意思決定だけでは何も変わらないため、以下に述べるような様々な社内変革をしていく必要があることは事実ですが、そうした変革を伴ったとしても、そこで得られるリターンは非常に大きいため、こうした変革を実行していくことは短期および中長期で見て非常に重要です。
3.2 企業ブランディングの強化 - ヘリテージの活用
世界トップ学生に自社を選んでもらうためには、グローバル基準での企業ブランディングが必須です。日本企業には、高度な技術力や長い歴史、創業者の哲学など、魅力的なストーリーが多く存在しています。いわゆる上記で述べた"ヘリテージ"です。しかし、それらを採用ブランディングに活用しているものづくり企業は少なく、かつ海外に向けて十分に発信されているとは言い難い状況です。そうしたヘリテージと募集職種での仕事内容、そして社内におけるキャリアパスを一直線のストーリーにして伝えていくことが非常に重要となってきます。特にこのストーリーの構築には労力をかけるべきであり、学生側の視点から魅力的だと感じるストーリーを作成していく必要があります(このストーリー構築については、また別の記事で説明します)。
そして作成したストーリーおよびストーリーに沿ったコンテンツを発信していく必要があります。特に今の世界トップ大生はSNSを頻繁に使うため、LinedInやInstagram、Jelper Club等での発信が好ましいでしょう。また更に学生のエンゲージメントを高めていく場合は、実際に現地に赴き、対面でストーリーを伝えていくことも重要です。
採用ブランド力向上は一朝一夕には実現しませんが、採用活動を含めた企業戦略として長期的に取り組む意義があります。
3.3 受け入れ体制・職場環境の整備
海外から採用した人材が能力を発揮し、長期的に活躍してもらうには、社内の制度や風土の整備が欠かせません。英語を社内コミュニケーションの一部に導入したり、外国人社員向けメンター制度や専門研修を設けたりすることで、言語や文化の違いによる働きづらさを軽減できます。さらに、外国人社員がジョブローテーションや昇進のチャンスを公平に得られるよう、評価制度の見直しや、現行のメンバーシップ型雇用にジョブ型の要素を加えた雇用形態なども検討すべきでしょう(詳細は「ジョブ型雇用 vs メンバーシップ型雇用 ~なぜ近年の日本におけるメンバーシップ型雇用は優れているのか~」を参照)。
3.4 キャリアビジョンの提示
若いうちから研究開発や重要プロジェクトにアサインし、裁量の大きい仕事を任せるなど、「ここで働くことは長期的な成長機会につながる」というキャリアビジョンを具体的に示すことも重要です。総合職の一括採用に留まらず、専門性を活かせる職務も明示することで、多様なキャリアを志向する世界トップ学生の期待に応えられる可能性が高まります。
まとめ
日本のものづくり企業は、高度な技術力と豊富な歴史、そして「匠の精神」に裏打ちされたヘリテージを有しており、世界トップの学生を採用できるポテンシャルを踏めております。一方で、そうした事実に関する認知の低さ等によって、その強みを十分に活かしきれていない面があります。そうした中で、採用プロセスの国際化や受け入れ体制の柔軟化、企業ブランディングの再構築を行えば、世界トップ層を惹きつけることが十分に可能となり、その流れが国内の採用にも波及する可能性は十分にあるといえます。
少子高齢化が進む日本においては、海外からの優秀人材を確保することが企業の存続にも大きく影響する時代になりつつあります。国内外の優秀人材に選ばれる企業へと変革を進め、技術とブランド力を武器に世界市場でさらなる採用上の競争優位を確立していくことが、日本のものづくり産業の今後の発展にとって不可欠だと考えられます。
世界トップ学生採用にシフトしていきたい企業担当者の方は、是非Jelper Clubのお問い合わせ窓口より、お気軽にお問い合わせください。
(執筆・編集:Jelper Club 編集チーム)
出典
1. "Most Attractive Employers" (Universum): https://universumglobal.com/rankings/united_states/business/students/
2. "Best job opportunities with top Employer Audi" (Komarjohari):
3. "heritage" (Cambridge Dictionary): https://dictionary.cambridge.org/dictionary/english/heritage
4. "Automobili Lamborghini is the ‘Employer of Choice’" (Komarjohari): https://komarjohari.wordpress.com/2014/05/04/automobili-lamborghini-is-the-employer-of-choice/#:~:text=Superb%20opportunities%20for%20career%20development%2C,ahead%20of%20Vodafone%20and%20Ferrari
5. 「東大生のジレンマ~エリートと最高学府の変容」(中村 正史)
6. 「「2026卒<東大生> 新卒就職人気企業 夏期ランキング」を発表 ミキワメ就活調べ」(リーディングマーク):https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000204.000008701.html
7. 「外国人留学生の就職活動状況に関する調査」(株式会社キャリタス):https://www.career-tasu.co.jp/wp/wp-content/uploads/2023/08/gaikokujinryugakusei_202308.pdf
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