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2025年の世界トップ学生就職動向予想 - トランプ氏の大統領再選とトップ海外大生採用への影響

2024年11月5日に開催されたアメリカ大統領選挙は、選挙人538人中312人を抑えた共和党のドナルド・トランプ氏の圧勝で幕を閉じた。また共和党は上院下院それぞれで過半数を取り、トランプ氏が以前大統領に就任していた2017年~2018年以来のトリプルレッドとなった*1。すなわち、これはトランプ氏の意思が施行される政策に反映されやすい状態となっていることを意味する。世界トップ大学の多くがアメリカに位置していることを鑑みると、海外大生採用の担当者はこのトランプ氏の大統領就任の影響を見定め、採用戦略へと素早く反映していく必要がある。トランプ氏の政策が大胆なものであるだけに、素早い戦略策定およびアクションに移せないことによる機会損失は相当なものであるだろう。当記事では、そうした海外大生採用担当者に向けて、トランプ氏の大統領就任による海外大生の就職動向への影響に関するインサイトを提供する。具体的には以下の4つの観点での影響を考察していく。


  1. 新卒就職活動市場

  2. 就労ビザ(H1Bビザ)の取得難易度

  3. 対物価相対的給与(=為替および今後の物価)

  4. アメリカ国内住環境


1-3については、今年8月に弊社CEOが執筆したコラム記事「アメリカ大統領選挙2024の結果が世界トップ学生の就職トレンドに与える影響 - 日本はアメリカで学ぶ世界トップ学生の就職先の受け皿になるべきである -」において既に触れているため、当記事内のトランプ氏の政策(共和党政策綱領)に関する言及部分を一部引用する形で記載する。また4については実際に弊社が独自に世界トップ学生に対してインタビューした内容にも言及しつつ、弊社による分析内容を記載していく。



1. 新卒就職市場


結論、"アメリカ国民"の新卒就職状況はトランプ氏の大統領2期目で改善する可能性が高いといえる。当セクションでは、まず新卒就職市場の現状について整理した上でトランプ氏の経済政策を洗い出し、先述の主張の根拠を記載していく。


まずは1990年から2024年までの米国内全労働者および大卒の新卒学生(22-27歳)の失業率の推移を見てみよう。


図1:米国内全労働者および大卒の新卒学生(22-27歳)の失業率推移(1990-2024年)

上記のグラフを見て分かる通り、コロナ以降、新卒学生(22-27歳まで)の学生の失業率は、米国の全労働者の数値をアウトパフォームし続けており、むしろ2022年9月以降はこの差分が拡大傾向にある。すなわち大卒の失業率の上昇の傾きが、全体の雇用市場のそれを上回っており、大学に進学すると失業しやすくなるという奇妙な現象が起きている。当傾向はコロナ以前は存在しないことから(ドットコムバブル崩壊時のトレンドが若干類似しているが、それでも全体の雇用市場の失業率を大卒の失業率が上回ることはなかった&ここまで長期化することはなかった)、極めて新しいものといえるため、過去の経験則が全く当てはまらない時代へと突入している。この背景として、コロナ後の4年間でベイビーブーマー世代が、レストランやホテル、デイケアや看護系などのサービス業等から大量に離職したことにより、当業界で人手不足が深刻化している一方、大卒の新卒学生は当業界を志望していないことが挙げられる。それらの学生が志望するのは、日本でいうところの総合職や技術職がメインであり、すなわちIT企業やコンサルティング、金融、メディア、ヘルスケアなどの企業である。それら企業はコロナ以降、採用凍結やレイオフなどを頻繁に行っている他、特にITについては若手が多いことからポジションが空きにくく、結果として上記のような失業率を生んでいることが推測される*2。また直近1年の大卒失業率については、生成AIの発展による影響(ホワイトカラー業務の代替)も要素の一つとして考えられる。


なおこうしたトレンドに対し、「大卒といってもハーバード大学などの世界トップ学生は就職に困っていないだろう」と思う方も多いかもしれない。そこで補足として、世界トップ大学の雄ともいうべき、ハーバード大学とイエール大学の就職率の推移グラフを以下に記載する。


図2:ハーバード大学(学部)において卒業後の最初の年に就労すると答えた学生の割合*4


図3:イエール大学(学部)において卒業後最初の6カ月の間に就労すると答えた学生の割合*5


上記のハーバードおよびイエールの学生の就職率は、近年で最も低くなっている。このことから分かる通り、「世界トップ学生は就職に困っていない」という主張は偽である。

そうした直近の大卒失業率トレンドについて、トランプ氏の大統領就任後は転換し改善していくというのが、先述の通り弊社の見立てである。以下にトランプ氏が掲げる政策を考察しながら、当主張の背景を記載していく。


まずトランプ氏が掲げる政策の中で、特に大卒あるいは世界トップ学生の就職動向に影響を与えると考えられるものを以下に列挙する*6


a.トランプ減税(TCJA)の延長・恒久化

b. 重要なサプライチェーンや製造拠点の国内回帰

c. 米国の輸入品への関税賦課

d. エネルギー生産強化

e. クリプトやAI等の新興産業への支援強化

f. アメリカ国内の不法移民に対する対応の強化


aについては、特に所得税減税が特徴的であり、所得税率7階層のうち、5階層で所得税率が軽減されている(一番上の階層の所得税率も軽減)。また標準控除や児童税額控除の引き上げ、住宅ローンの利息上限の引き下げなども実施されている*6。加えて社会保障給付への課税免除やチップ課税なども提案されており、これらが全て実施されれば景況感は高まることが予想される。

またトランプ氏は、bの重要なサプライチェーンや製造拠点の国内回帰を提唱しており、cの米国の輸入品への関税の賦課やdのエネルギー生産強化によるエネルギーコストの切り下げは、bの重要なサプライチェーンや製造拠点の国内回帰に貢献する政策であるとしている*8。更に、cの関税賦課は結果として財政赤字の補填へと繋がり、それがdのエネルギー生産強化やeのクリプトやAI等の新興産業への支援強化のための再投資へと繋がるとしている。すなわち、cの関税賦課は景気拡大のブレーキになるのではなく、むしろ正のスパイラル促進のエンジンとして機能するというのがトランプ氏および共和党の主張である。勿論、関税やfの不法移民に対する対応強化に起因した国内労働者不足、aの減税等によって、一定程度のインフレ懸念はあるものの、エネルギーコストが下がればその分コストプッシュインフレは収まる。またトランプ氏の発言の通り、類似の関税引き上げや減税を実施したトランプ氏の前政権時代にインフレ率の急上昇は起こっていない*9。以下に消費者物価指数(CPI)の前年同月比変化率グラフを記載する。


図4:消費者物価指数(CPI)の前年同月比変化率(2004~2024年)*10



しかしながら、トランプ氏の次期政権下では、前政権時代を上回る関税引き上げが実施される可能性がある*11ことや、景気サイクルのステージも異なるため、前政権時代のようにインフレ率が上がらないというようなトランプ氏の見方*9については未知数である。

そうした背景を踏まえても、少なくとも短期的には景況感は高まる上、eの記載の通り大卒に人気なテクノロジー分野への投資が進めば雇用が増加するため(AI関連の求人が増えるに伴い、従来のエンジニア職が一定程度自動化されていくため、それに伴うテック関連全体の求人数低下トレンドには留意が必要)、結果として新卒就職市場は一定程度改善する可能性が高い。


2. 就労ビザ(H1Bビザ)の取得難易度


既にグリーンカードを持っている学生にとっては問題ないが、世界トップ大学の約20%を占める正規留学生*12がアメリカで就職する上での鬼門が、このH1Bビザおよびグリーンカードの取得である。H1Bビザとはアメリカ国籍を持たない"外国人"が、“専門技術者”として米国で一時的に就労する場合を対象としたビザであり、世界トップ大学の正規留学生がアメリカで就職する場合は当ビザを取得する必要がある。なお当ビザの取得手順は以下の通りである。


  1. H1Bビザの応募

  2. 抽選

  3. 書類提出・審査

  4. 取得


このプロセスにおいて、出願者は2の抽選と3の審査という、2つのセレクションフェーズを通過する必要がある。この抽選および審査の倍率の推移を以下に記す。


図4:アメリカ H1-Bビザ抽選当選確率(2021-2024年)*13

対象年(FY)

応募資格のある申請数

当選数

H1-Bビザ抽選当選率

2021

269,424

124,415

46%

2022

301,447

131,924

44%

2023

474,421

127,600

27%

2024*a

758,994

188,400

25%

2025*b

470,342

120,603

26%

*a. FY2024は、抽選母体となる複数の箱(企業)で同一人物がH1-Bビザの申請を出すことにより当選確率を高めようとした企業および志願者が相当数存在。FY2025以降は当不正の防止施策が適用。

*b. FY2025はInitialプロセスの数字のみ(参考:FY2024におけるInitial Processの当選数は110, 791)


図5:アメリカ H1-Bビザ審査却下確率(2021-2024年)*14




図4・5から読み取れることは、以下の2つである。


  1. バイデン大統領就任時のFY2021-2024(+2025年のInitial Process)において、当選数に大きな変動はない一方で、応募資格のある申請数が急増している

    *事前に電子登録手続きをした人を対象にまず抽選が実施され、当選者のみが申請を行う方式へと変更されたFY2021以降、不正を行う事業者が増加傾向にあったことから*15、不正を取り除いた本来のFY2021~2024の申請数は図4の数値よりも低い可能性が高い。そうした前提の上で、FY2025では先述の不正に対する措置が実行されているにもかかわらず、FY2021の値と比べて増加している。すなわち、FY2021-2025の応募資格保有者申請数CAGR+15%よりも、実際の応募資格保有者申請数CAGRは高いといえる。

  2. トランプ氏在任時のFY2017-2020におけるH-1Bビザの審査却下率の平均値(16.2%)は、バイデン大統領在任時の平均値(3.1%)よりも13.1%pt高い


トランプは減税を通じて富裕層に対する支援も厚くするとしており*16、留学生へのビザについても、米国国内の大学を卒業した正規留学生に対してはグリーンカードを提供するべきといった持論を展開している*17。しかしながら図2にもある通り、トランプ前政権時代にはH1-Bビザの審査却下率の平均値がバイデン政権時と比べて著しく高かったことから、トランプ減税の続行など前政権時の方向性と類似の公約を掲げるトランプが次の大統領になった際は、抽選当選数を変えないまま移民対策の一環で審査却下率を高める可能性が一定程度考えられる。また仮にトランプが当政策の施行を推し進めたとしても、共和党内等から激しい反発を受けることが予想されており*18、実現性は低い。事実、前政権時代にダイバーシティビザなど他の割り当て分を削減することにより高度人材へのビザの割り当て数を増やす政策を立案したものの、可決まで通せなかった過去がある*19。よって先行きは不透明である。また、次期大統領次席補佐官のスティーブン・ミラーは対移民強硬派であり*20、H1-Bビザの取得要件の厳格化(海外で最低10年間の職務経験やOPTプログラムの廃止、高額な最低賃金基準($110,000以上)の設定など)を盛り込んだCruz-Sessions bill策定(結果的に当時は可決されず)の中心人物としても知られている*21。そのような"アンチH1-Bビザ"のような人物が次期トランプ政権の中枢を担うということは、H1-Bビザの先行きに対し非常にネガティブに働くことが予想されている。


なお現バイデン政権は2024年12月17日に、H1-Bプログラムの改善に関するプレスリリースを発表した*22。米国留学生の新卒就職に影響がありそうな内容に関する要点は以下の通り。



1. H-1B抽選免除対象の職種の定義の明確化:

「非営利研究機関」および「政府系研究機関」の定義において、「主に従事している(primarily engaged)」や「主要な使命(primary mission)」という表現を「基本的な活動(fundamental activity)」に置き換え。

これにより、研究が主要な使命ではない、または主な活動ではない場合でも、基本的な活動として研究を行っている非営利組織や政府系研究機関が、H-1Bビザの年間上限からの免除資格を得られるようになる。


2. F-1学生ビザの柔軟性向上:

F-1学生(≒OPT適用中)がH-1Bステータスへの移行期間中に雇用を継続できるような、自動的な雇用許可の延長措置を導入(現在OPT適用3年目の学生およびOPT終了後の猶予期間中の学生のみ対象)。


3. 申請者の学位と職務内容の関連性に関する要件が緩和:

学位と職務内容が「直接関連している(“directly related" = 論理的な関連性("a logical connection")」場合、Exact Correspondence(学位と職務内容の完全一致)を証明する必要なし。



確かにH1-Bプログラムの申請における厄介な点は一定程度解消されているものの、新卒就職先のメインストリームである民間企業への発行数キャップ対象の除外などの施策は特段ないため、依然H1-Bビザの取得は難しいと考えられる。 よって、世界トップ大学で学ぶ正規留学生がアメリカで働くために必要なビザに関する動向はネガティブであり、それによって今以上に世界トップ大学の正規留学生がアメリカ国外に就職する流れになる可能性が高い。



3. 対物価相対的給与(=為替および今後の物価)


当章では、日本(東京)とアメリカ(ニューヨーク)の現在の物価および給与を比較した上で現状を整理した上で、今後の為替および物価動向を分析しながら、来年の対物価相対的給与トレンドについての考察を記載する。なお給与動向については全体感を把握するために一応掲載はするが、今後の動向については各企業において乖離が大きいため、本章では為替および物価の動向のみ言及するものとする。


まず以下に東京とニューヨークの物価比較表を記載する。


図6:東京とニューヨークの主要品目物価比較(2024年12月現在)*23


上記の図を見て分かる通り、家賃を抜いた生活コストについて、東京はニューヨークの約半分、家賃を含めると約3分の1となる。よって、そもそも給与については当物価差を鑑みると比較がApple to Appleではないため、物価差を考慮した給与を算定した上で比較する。Indeed*24によれば、2024年12月9日時点での東京都の新卒採用平均給与は359,596円、ニューヨークの平均給与は$4,428(=667,963.8円*25)となっており、東京都の数値に上記図の一人当たりの平均生活コスト(A single person's estimated monthly costs)の係数(約2.9079)を乗じると、単純計算で1,045,697.48円となり、ニューヨークの平均給与を上回る。勿論、Indeedで掲載されている求人からのみ算出されており、特にニューヨークで世界トップ学生に対し法外な給与を提供する企業も直近現れていることから、一概には比較ができない(加えて日本企業のメリットである福利厚生や家賃補助等も加味されていない)が、実態値をみると東京は決してニューヨークに劣っている勤務地ではないことが分かる。では、この対物価相対的給与は今後どうなっていくのであろうか。以下では先述の通り為替および物価動向の観点から当数値のトレンドを考察する。


まずは為替の動向について分析していく。なお大前提として、物価や為替に強い影響を与えるFRB(連邦準備制度理事会)は、政府の意向に囚われずに施策を講じる独立性の保持が連邦準備法で規定されている*26ため、政権の意向はFRBの施策に原則反映されない。しかしながら、各大統領候補者の政権下では経済状況が大きく変化し、それに応じてFRBも施策を講じる他、トランプ前大統領は前政権時代にFRBパウエル議長に何度も電話をかけたとされており*27、FRBの施策は決して各政権の意向と無関係とはいえない。そのため、各シナリオにおける為替および物価について、経済動向とトランプ氏のFRBに対する姿勢およびそれに対してFRBが取り得る施策といった観点から分析していく。なお、当分析はあくまで各政権の公約内容や発現に基づいたものであり、それ以外の要素は考慮しないものとする(例えば、日本銀行は2024年7月31日の政策決定会合で0〜0.1%としていた政策金利(無担保コール翌日物レート)を0.25%程度に引き上げることを決定したが*28、日銀の利上げジンクス*29は考慮しない、など)。そうした中、全体的な傾向として、アメリカの為替および物価に大きな影響を与えるFRBの主要政策金利は今後下がっていき、日本の政策金利は上がっていく見込みである。そのため、2025年末にかけて円高・ドル安となると予想されている。実際、2024年12月18日のFOMC後の会見で、FRBパウエル議長は0.25%の利下げを発表し、これで利下げが3回連続となった。しかしながら堅調な個人消費によるインフレ再燃の懸念により、来年の利下げの回数はこれまでの4回の想定から2回に減る計算で、利下げのペースがゆるやかになるとの見通しが示された*30。加えて、日銀は2024年12月18-19日の日銀政策決定会合にて年内の利上げ見送りを決定した。そして当会合後の植田総裁による会見では、

「具体的にどれと申し上げるのはなかなか難しいが、そもそもデータオントラックでここ数か月きている。それを前提にすると私どもの見通しが実現していく確度は多少なりとも上がっている。ただ次の利上げの判断にいたるいたるまではもうワンノッチほしいというところで、そこに賃金上昇の持続性があり、具体的には来年の春闘のモメンタムをみたい」

「(1月の会合でまとめる)展望レポートや春闘に関する情報、場合によってトランプ政権の政策について何かコメントが出て、それを総合して将来についてどういう姿を描けるかということだと思う。1ノッチ、見通しの確度を上げるのに十分かどうかということは現時点では何とも言えない。各会合ごとに最終的には集中して分析をし、判断をしていくことになるかと思う」

との発言があった*31。これはすなわち、日銀による来年初旬の利上げ可能性が高くないことを意味している。よって少なくとも来年の初旬(1~3月)においては日米の金利差は縮小せず、それに伴い円安ドル高のトレンドも継続される可能性が高い。それでは、来年の中旬以降についてはどうなるのであろうか。特に来年の中旬以降についてはトランプ氏の政策が反映され始めるタイミングであるため、当大統領の政策内容と物価および為替の関連を分析しながら、来年中旬以降の物価および為替について考察していく。なお日本については現状インフレ目標の2%に達していない状態であり、米国を超えるインフレーション水準になることは考えにくいことから、日本の当数値の動向については割愛する。


トランプ氏は2024年7月16日のブルームバーグによるインタビューの中で*32、1990年代初頭より続くドル高政策の転換に対する姿勢を強調している。確かに第一章で述べた通り、国内エネルギー生産強化によるエネルギーコストの切り下げによりインフレーションを鎮火させ、ドル安へと誘導するという方針については一定程度論理的である。一方で法人税率および個人所得税の引き下げの恒久化と、当財源の確保および国内産業の保護を目的とした全面的な関税引き上げは物価の一時的な急上昇に繋がることが予想されている。更に、インフレーションが現状の水準に抑えられている要因の一つとして移民流入による平均賃金急騰の抑制が挙げられるが、もしトランプ氏が公約通り移民流入を抑制した場合*33、平均賃金が再騰する可能性がある。事実ロイター社が大統領選挙前に、各候補者の政策スタンスを反映したオックスフォード・エコノミクスのモデルを用いて算出した結果によると、トランプ氏が政権を取った場合、現行の歳出法と政策の下で予想される水準と比べて、コアインフレーション率が0.3~0.6%ポイント高い水準でピークを迎える見込みとしていた*34。よって、インフレーションの動向については一定程度未知数ではあるものの、インフレーションの再燃を招く恐れがあるということを織り込むのは決して筋が悪いとはいえないだろう。トランプ氏が公約通りの施策を実施し、仮に織り込み通りインフレーションが再燃すれば、更なる利上げの必要性が発生するため、ドル安目標は到底達成しえない可能性が高い。

なおトランプ氏はFRBに対する関与姿勢を随所に見せており、事実2024年7月16日のブルームバーグによるインタビューの中で、FRBは大統領選の前に利下げすべきではないと牽制していた(しかしながら先述の通りFRBは利下げを実施したため、中央銀行の独立性の担保姿勢は継続される見込みが高い)。そして万が一トランプ氏がドル安誘導を目的とした利下げをFRBに要請し、FRBが利下げしたとしても、短期金利に下方圧力がかかる一方で、長期的にはインフレーションや景気の再加速が織り込まれ、長期金利上昇を招く懸念がある。過去のアメリカの長期金利上昇局面はおおむねドル高を招いているため*35、短期的にはドル安になっても、中長期ではドル高になる可能性が見込まれる。一方、日銀が2025年度中旬に利上げを実施すれば、一定程度対円でのドル高トレンドは落ち着く可能性も見込める。


よって日本とアメリカの対物価相対的給与については、2025年度序盤はアメリカ優勢なものの、中盤から年度末にかけては一定程度日本の当数値も高まり、現状よりも対ニューヨークでの当数値の競争力は高まることが予想される。



4. アメリカ国内住環境


最後に、アメリカ国内住環境について触れたい。なお当トピックは非常に抽象的であり、実際どこまでアメリカで学ぶ世界トップ学生採用に影響をもたらすかが不透明である。そのため参考程度の情報として頭の隅に置いていただければ幸いである。


現在、アメリカ国内では貧富の格差が深刻である。以下に格差の度合を示すジニ係数の直近10年の推移グラフを記載する。


図7:アメリカ国内のジニ係数(等価調整後)(2013~2023年)*36

2023年時点でジニ係数は0.465となっており、コロナ禍の2021年に記録した0.474よりは下がっているものの、一般的な騒乱発生リスク水準である0.4を超えているどころか、Yong Taoらが唱える騒乱発生リスク水準0.5*37にも近い水準となっている。以前の数値を見ると、民主党政権下であった2013年~2016年、2021年~2023年はジニ係数がダウントレンドになっているのに対し、共和党政権下(トランプ前大統領政権下)であった2017年~2020年はアップトレンドとなっている。すなわち、トランプ氏の前政権時では格差が広がっていた。なおトランプ氏は前政権時代の方針を踏襲するとしており、特にトランプ減税は富裕層を利するものとなっているため、格差は更に広がっていくことが予想される。当数値が万が一0.5を超すようなことがあれば、アメリカ国内の治安は更に悪化していくことが予想される。

次に、以下にG7の生活の質および安全性インデックスのグラフを記載する。


図8:G7諸国の生活の質インデックス(2024年)*38


図9:G7諸国の生活の質インデックス(2023年)*39

上記の図から分かる通り、生活の質についてはG7諸国でワースト2位、安全性に至っては、ワースト1位となっている。仮にトランプ政権下でジニ係数が0.5を超えてくることがあれば、こうした安全性インデックスは更に悪化していくだろう。その場合、当住環境を忌避し、国外への移住を検討する世界トップ学生が増えることは十分に考え得る。以下に、アメリカ住環境に対する世界トップ学生からの実際の声を記載する。

実家の近くでは毎日犯罪が起きており、少し歩いて街に行けばホームレスに溢れている。とてもじゃないが、このような環境に(卒業後に)住みたいとは思わない(ハーバード大学 4年生)
マンハッタンでは物価が高すぎて、周りの(卒業した)友人もみなマンハッタン外で友人同士でフラットをシェアして、1時間かけて通勤し、自炊を積極的に行って食費を節約している。給料が高いからマンハッタンを選んでいるのに、これでは本末転倒である(ハーバード大学 4年生)

勿論、トランプ政権でジニ係数が低くなる可能性もなくはないが、前政権時代の実績や次期政権の方針を鑑みると、ジニ係数が広がる可能性がメインストリームであろう。そうなった際に、上記の声のような学生は今後増加し、その中で実際に国外に移住するようなケースも増えていくだろう。



考察


以上4観点を鑑みるに、確かに経済面等の就職市場に影響を与えるハードな要素については、次期トランプ政権においてはポジティブに働くため、特にアメリカで生まれ育ったアメリカ国民の世界トップ学生については、アメリカに残る可能性が高くなることが予想される。一方で、H1-Bの先行きの不透明さは、特に世界トップ大学で学ぶ正規留学生のアメリカ就職に対し特にネガティブに働くことが予想され、仮にH1-Bの発行数上限が削減されれば、当学生の多くが国外に流出するであろう。また、安全性インデックスおよび生活の質インデックスでアメリカより上位に立っている国は、当然のことながらアメリカの住環境に対する懸念を抱いており、それが悪化すればそうした国の留学生は勿論、生活の質や安全性を住環境に求めるアメリカ国民の世界トップ学生まで海外に流出する可能性がある。

そうした事態が起きた際、日本は第2のキャリアオプションとして十分に機能する可能性がある。特に生活の質や安全性の高さは勿論(G7でトップ)、近年の日本文化のブーム等はそうした学生に対して魅力的に映っており、積極的に世界トップ学生に対してアプローチを行っていけば、日本国内では決して採用できないような、極めてスキルレベルが高い世界トップ学生の採用も可能となる。詳しくは以下の記事を参考にしてほしい(参考:世界トップ学生の就職活動2024 - 日本企業が世界の新卒採用競争を制するためのガイドライン(前編))。



まとめ


20世紀にアメリカが世界の覇権を取ってから、アメリカの政治は世界の情勢を大きく左右してきた。そして、大胆な政策や過激な発言で物議を醸してきたトランプ氏が大統領に就任する2025年1月からは、過去には考えられないような振れ幅で世界の情勢が変化していく可能性がある。そうした中でマクロ情勢の強い影響を受けやすいグローバル採用、特に世界トップ学生採用の戦略策定においては、トランプ氏の政策を緻密に分析し、今後の情勢をしっかりと予測した上で、当予測を戦略に落とし込んでいく必要がある。当記事で記した情報やインサイトがそうした戦略策定の一助になれば幸いである。


(編集:Jelper Club 編集チーム)



出典・注釈


1. 「トランプ氏大統領選勝利の要因、与党支持離れは世界的趨勢」(JETRO):https://www.jetro.go.jp/biz/areareports/2024/f1e171ff697a329b.html


2. "The Labor Market for Recent College Graduates" (Federal Reserve Bank of New York): https://www.newyorkfed.org/research/college-labor-market#--:explore:unemployment


3. "New college grads are more likely to be unemployed in today’s job market" (The Washignton Post): https://www.washingtonpost.com/business/2023/11/19/college-grads-unemployed-jobs/


4. "The Graduating Class of 2014~2024" (The Harvard Crimson): https://features.thecrimson.com/2023/senior-survey/after-harvard/;2017年の値は非公開


5. "Yale College First Destinations" (Yale University Office of Career Strategy): https://ocs.yale.edu/outcomes/



7. "Reference Table: Expiring Provisions in the “Tax Cuts and Jobs Act” (TCJA, P.L. 115-97)" (Congressional Research Service): https://sgp.fas.org/crs/misc/R47846.pdf


8. "Trump promises in Georgia speech to ‘take other countries’ jobs’" (POLITICO): https://www.politico.com/news/2024/09/24/trump-georgia-jobs-00180758


9. "Read the full transcript: President-elect Donald Trump interviewed by "Meet the Press" moderator Kristen Welker" (NBC News): https://www.nbcnews.com/politics/donald-trump/trump-interview-meet-press-kristen-welker-election-president-rcna182857


10. "12-month percentage change, Consumer Price Index, selected categories" (U.S. Bureau of Labor Statistics):https://www.bls.gov/charts/consumer-price-index/consumer-price-index-by-category-line-chart.htm


11. "Trump ups the ante on tariffs, vowing massive taxes on goods from Mexico, Canada and China on Day 1" (CNN): https://edition.cnn.com/2024/11/25/politics/trump-tariffs-mexico-canada-china/index.html


12. "Admissions Statistics" (Harvard College): https://college.harvard.edu/admissions/admissions-statistics



14. "H-1B Employer Data Hub" (U.S. Citizenship and Immigration Services): https://www.uscis.gov/tools/reports-and-studies/h-1b-employer-data-hub


15. "Immigration Service Finalizes Changes To H-1B Visa Lottery" (Forbes): https://www.forbes.com/sites/stuartanderson/2024/01/31/immigration-service-finalizes-changes-to-h-1b-visa-lottery/; 「柔軟な人事制度を整備し、慎重なビザ申請を(米国)」(JETRO): https://www.jetro.go.jp/biz/areareports/2020/3ee62f7a12096256.html


16. "Trump Pledges Across-the-Board Tax Cuts If He Returns to Office" (Bloomberg): https://www.bloomberg.com/news/articles/2024-05-11/trump-pledges-upper-class-tax-cut-if-he-returns-to-white-house


17. "Trump says he wants foreign nationals who graduate from US colleges to ‘automatically’ receive green cards" (CNN): https://edition.cnn.com/2024/06/20/politics/trump-green-cards-gradutate-college/index.html ; "Trump proposes green cards for foreign students graduating from US colleges" (Business Standard): https://www.business-standard.com/world-news/trump-proposes-green-cards-for-foreign-students-graduating-from-us-colleges-124062100261_1.html


18. "Trump has vowed to give green cards to college grads. Could that actually happen?" (CNN) : https://edition.cnn.com/2024/12/06/politics/green-cards-college-graduates-trump-cec/index.html


19. "Bipartisan DACA, border security deal fails in Senate, putting immigration bill’s future in doubt" (CNN): https://edition.cnn.com/2018/02/15/politics/trump-immigration-veto/index.html


20. "トランプ氏、政策担当の大統領次席補佐官にミラー氏起用へ" (CNN): https://www.cnn.co.jp/usa/35225989.html


21. "The Story Of How Trump Officials Tried To End H-1B Visas" (Forbes): https://www.forbes.com/sites/stuartanderson/2021/02/01/the-story-of-how-trump-officials-tried-to-end-h-1b-visas/


22. "Modernizing H-1B Requirements, Providing Flexibility in the F-1 Program, and Program Improvements Affecting Other Nonimmigrant Workers" (DEPARTMENT OF HOMELAND SECURITY): https://public-inspection.federalregister.gov/2024-29354.pdf




25. 「2024年12月9日の為替相場」(三菱UFJリサーチ&コンサルティング):https://www.murc-kawasesouba.jp/fx/past/index.php?id=241209


26."Federal Reserve Independence and Accountability" (Federal Reserve Bank of St.Louis): https://www.stlouisfed.org/in-plain-english/independence-and-accountability


27. 「2024年7月金融政策決定会合での決定内容①:金融市場調節方針の変更」(日本銀行):https://www.boj.or.jp/mopo/mpmdeci/mpr_2024/k240731b.pdf


28. 「FRB、危ぶまれる独立性 議会証言に政治圧力の影」 (日本経済新聞社):https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGN10EQM0Q4A710C2000000/


29. 「日米欧中央銀行の利上げ 「6回目のジンクス」に踏み出す世界」(高田 創 - 日本証券アナリスト協会):https://www.saa.or.jp/journal/eachtitle/pdf/tenbo_140601.pdf


30. 「【速報中】 FRB 0.25%の利下げ決定 利下げは3会合連続」(NHK):https://www3.nhk.or.jp/news/html/20241219/k10014672061000.html


31. 「【詳細】日銀 植田総裁会見 追加利上げ見送りの背景は?」(NHK):https://www3.nhk.or.jp/news/html/20241219/k10014672321000.html


32・35. "Trump on Taxes, Tariffs, Jerome Powell and More" (Bloomberg): https://www.bloomberg.com/features/2024-trump-interview/


33. 賃金とインフレーションの関係性には賛否両論が存在する。2023年5月のFOMC後の会見で、パウエル議長は「賃金がインフレの主要なけん引役と思わない」と述べるとともに、「賃金と物価は一緒に動く傾向があり、そして因果関係を示すのは非常に難しい」と説明している; "The Fed Argument That's Strengthening the Case for a Rate Pause" (Bloomberg): https://www.bloomberg.com/news/articles/2023-06-12/fed-backs-away-from-wages-focus-bolstering-case-for-rate-pause


34. 「焦点:トランプ政権誕生ならインフレ再燃、FRBに新たな課題」(Reuters):https://jp.reuters.com/world/us/5DWQSFFZGRMQLKVG3ZE3GAJ4TE-2024-07-25/


35. 「改めて考える長期金利と為替の関係」(三井住友DSアセットマネジメント株式会社):https://www.smd-am.co.jp/market/ichikawa/2021/03/irepo210305/


36. "Income in the United States: 2013~2023" (U.S. Department of Commerce): https://www2.census.gov/library/publications/2024/demo/p60-282.pdf


37. "Rawls' Fairness, Income Distribution and Alarming Level of Gini Coefficient" (Yong Tao, Xiangjun Wu and Changshuai Li): https://arxiv.org/abs/1409.3979?utm_source


38. “Quality of Life Index by Country 2024” (NUMBEO):https://www.numbeo.com/quality-of-life/rankings_by_country.jsp?title=2024


39. “Global Peace Index 2023” (Institute for Economics & Peace):https://www.economicsandpeace.org/wp-content/uploads/2023/09/GPI-2023-Web.pdf

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