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【CEOコラム】異文化チームマネジメントを読み解く――エマニュエル・トッドの家族システム分類考察


エマニュエル・トッド

日本企業の多くがグローバル競争の大海へこぎ出している。それによって市場の国際化はもはや避けられず、その渦中で「外国人材の採用」は企業の生死を分かつ重大事項となりつつある。しかし、実際に異文化背景を持つメンバーを迎え入れると、価値観の対立やコミュニケーションのズレが組織内部に衝撃をもたらすことも珍しくない。英語や日本語といった言語の問題だけではなく、意思決定のプロセス、上司と部下の関係、チームワークの進め方ーーあらゆる面で“文化的ギャップ”が顔を出すのである。

こうした摩擦にどう対処し、さらには多様性を組織の推進力に変えていけばよいのか。そのヒントを与えてくれるのが、フランスの歴史人口学者エマニュエル・トッドが提唱する「家族システム」理論である。彼の主張は、「個人というのは集団においてのみ、また集団を通してのみ大きくなることができる」「集団的信仰は個人を形成するのである」「他人に認められた道徳規律を個人に教え込むことで、集団的信仰は個人を形成するのである」という前提の下で、地域ごとに根付く家族構造が社会全体の文化的価値観に強い影響を与えるとしており、人々が持つ“当たり前”や“常識”は、親子関係や兄弟の相続制度といった家族観に深く起因している、というものである。

勿論、こうした家族構造は、各国の各家族構造(特に現代の家族構造)に適用できるようなものではないが、一方で社会全体を構成している要素の一つであり、そうした社会で暮らしている個人が、「家族構造→社会的価値観→個人」という順番で影響を受けることは否定できない事実であろう。そして特にグローバル人材を採用し活用していく企業にとって、この社会的価値観の根源となっている他国の家族システムを理解することは異文化マネジメントの重要な武器の一つとなり得る。本記事では、トッドの家族システム理論の概要を紹介しつつ、外国人材活用に悩む日本企業への示唆を探っていく。


※本記事はエマニュエル・トッド氏の学術的成果である家族システム論を、異文化マネジメントへ応用する目的で紹介するものであり、トッド氏のその他の見解等を支持・不支持するものではないことに留意。



エマニュエル・トッドの家族システム理論とは


エマニュエル・トッドは各地域の伝統的な家族構造を大きく4つに分類し、それぞれのパターンが社会に共有される文化的価値観の基盤を形作っていると主張する。具体的には、核家族か大家族か、兄弟間の相続が平等か不平等か、そして婚姻形態が内婚制(親族同士の結婚)か外婚制(親族外の結婚)かといった要素で分類される。この違いが、幼少期から身に染みつく「親子・兄弟間の力関係」や「個人主義か集団主義か」などのマインドセットに影響を及ぼすのである。


1. 絶対核家族(核家族・兄弟不平等)

子どもが成人・結婚すると親元を離れ、独立した家庭を築くのが基本形である。ただし、遺産は長子など特定の子だけに集中し、兄弟間は不平等に扱われるという特徴がある。幼少期から親の干渉は弱く、自立心が育ちやすいため、資本主義的な個人競争や小さな政府志向との親和性が高いとされる。欧米諸国、特にアメリカやイギリスが代表的事例とされる。


2. 平等主義核家族(核家族・兄弟平等)

核家族でありながら、兄弟間の相続が平等に行われるタイプである。親の権威はやはり弱く、個人の自由が重視される半面、家族内の平等が強く意識されるために共和主義や社会的平等志向が育まれやすい。フランス北部やスペイン中部などラテン系の一部地域が典型例として挙げられる。


3. 直系家族(大家族・兄弟不平等)

複数世代が同居する大家族で、通常は長子など一人が跡取りとなり、親と同居し続ける。一方、他の兄弟は家を出て従属的立場に回る。家長である親の権威は強く、子どもが成人しても上下関係が明確になる。勤勉さや教育への熱意が重んじられる一方、序列意識も強い文化が育まれる。ドイツや日本、韓国などが代表例であり、会社を家族視する企業文化もここから生まれているとトッドは指摘する。


4. 共同体家族(大家族・兄弟平等)

複数の息子が全員親と同居する大家族で、兄弟間の相続は平等に行われる。強力な家父長制がある一方、息子同士は横並びで「同志」のように結束する文化が育まれる。中国やロシアが典型とされる。


以上のように、家族システムごとに「権威(上下関係)の扱い方」や「個と集団の捉え方」が大きく異なる。核家族型は親の干渉が少なく個人主義傾向が強まりやすく、大家族型は家長の権威が強く集団主義や序列意識が形成されがちだ。こうした差異は各国のビジネスパーソンが持ち込むコミュニケーションスタイルや組織観にも通じている。



各国の家族システムとビジネス文化の特徴


トッドの家族類型を軸に、代表的な国々(アメリカ、中国、韓国、イギリス、フランス、ドイツ)のビジネス上の特徴をざっと概観する。先述の通り、各外国人材が培ってきた価値観には、彼らが生きてきた社会と、その社会の価値観が影響している、という前提の下で当考察を行っていく。なお、当章ではグローバル人材を採用する企業が知っておくべきポイントとして、主にコミュニケーションやチームワークのスタイルを取り上げる。


アメリカ・イギリス(絶対核家族型)

英米は典型的な絶対核家族の文化圏であり、幼少期から親の過度な干渉を受けずに自立が奨励される。ビジネスでも個人の成果や意思表示が重要視され、組織内のコミュニケーションは率直で直接的である。会議では年次に関係なく意見が飛び交い、論理が通るなら上司への反論も許容される。成果主義・実力主義が強く、フラットな組織を理想とする風土が根づいている。イギリスは若干の婉曲表現を好むが、日本と比べればアメリカ同様に「はっきり伝える」文化である。合議に時間をかける習慣が弱く、結果を素早く求めるため、日本企業の「根回し」文化や「空気読み」にせっかちさを感じる人も少なくない。


フランス(平等主義核家族型)

地域差はあるものの、北部を中心に平等主義核家族の伝統が強いとされる。兄弟平等の価値観と個人主義が混在し、議論を好む国民性が育まれてきた。職場でも論理的なやり取りやディベートを通じて合意形成することを重視し、上下関係よりも理屈の正しさや公平性を尊ぶ。中央集権的な官僚制も併せ持つが、その権威を受け入れる際にも「納得できるか」が問われる。チームワークでは主張をぶつけ合う過程で相互理解が深まると考える向きが強く、不公平には敏感である。労働ストライキが多いのも、この平等意識と自己主張の積極性が背景にあるといえる。


ドイツ(直系家族型)

ドイツは地域によって家族構造の違いがあるが、プロテスタントの多い北部を中心に直系家族的価値観が強いとされる。秩序や規律を重んじ、職場では計画とルールを尊重しながら専門技能を磨く風土が育っている。日本と同じく序列が意識される面もあるが、職能ごとの責任範囲が明確である点が特徴だ。上司は明快な指示を、部下は専門家として遂行するという契約関係に近い。コミュニケーションは必要な情報を率直に伝える傾向があり、フィードバックも直接的で厳しめと映ることがある。一方、計画通りに物事を進めるのを好み、唐突な変更には抵抗を感じやすい。秩序立った中で互いの責務を果たすという意味では効率的である。


中国(共同体家族型)

中国は広大な国土を持つゆえ地域差も大きいが、伝統的農村社会においては家父長制の大家族が支配的であった。トッドは中国を共同体家族の典型に挙げ、強いリーダーの下、兄弟が同志のように結束する文化が根付くとする。ビジネスでもトップダウンの決定が多いが、その目標に向かって組織が一丸となる団結力が発揮される。面子(メンツ)を重んじる点は日本と似ており、公の場での衝突を避ける傾向がある。ただし、歴史的に皇帝への諫言文化があったことも影響してか、理にかなえば上位者に進言することもある。上司の指示が曖昧だと部下が戸惑う一方、迅速な実行や結果を求めるマインドが強い。


韓国(直系家族型)

韓国も儒教的家父長制と長子相続が強く、直系家族的要素が際立つ。年功序列や上下関係は日本以上に明確であり、トップの決定に沿って高速で動く「スピード経営」を実践する企業が多い。ただし、家族のように親密な関係性があるぶん、感情の表出はストレートだとされる。大声で叱責や称賛が行われることも珍しくなく、そうした点は日本の建前文化とは対照的に映る。学閥や地縁などの縦社会的つながりがビジネスにも影響を与えるため、リーダーには強いカリスマ性が求められる。日本と文化的に近いようで、表現スタイルや上司部下の距離感など微妙な違いを理解していないと誤解を招く恐れがある。



日本企業文化と外国人材のコミュニケーション課題


日本自身も直系家族の特徴を色濃く持つ国であり、企業において「社員は家族」という意識のもと、長期雇用・年功序列・会社への献身が美徳とされてきた。この伝統では「言わなくても分かる」暗黙知が重視され、合議や根回しを通じて“水面下”で合意形成をするパターンが多い。高コンテクストなコミュニケーションが当たり前となり、指示や評価基準も曖昧になりやすい面がある。

実際、外国人社員からは「日本の会議ではほとんど異論が出ず、あっさり結論が決まったように見えても、その前段階で長い根回しがあったと後から知った」「会議中に誰も反対しないのに、後になって計画がこっそり変更されている」などの戸惑いがしばしば報告されている。欧米や中国など、会議の場を明確な議論・決定のステージと捉える国から来た人にとって、日本式の「空気を読む」合議制は謎に満ちたプロセスなのである。

また、日本人が好む婉曲表現もコミュニケーションの大きな壁になる。「それはちょっと難しいですね」という表現が実際には強い否定や不快感を意味する場合もあるが、低コンテクスト文化の人々は表面の言葉をそのまま受け取るため、真意を読み違えてしまうのだ。「はい」と返事しても、実は同意を示していなかった-ーというケースは、外国人社員にとって衝撃的である。こうした“読み合い”“察し合い”に慣れていない人々が増えれば、誤解や不信のリスクはさらに高まる。

上下関係に対する考え方も異文化チームで混乱を招く。日本企業では若手や部下が上長に直接異論を唱えることはあまりなく、まずは先輩の教えを仰ぐ姿勢が評価される傾向が強い。一方、アメリカなど絶対核家族的な価値観の人々は新人であろうと積極的に意見を述べるのが当たり前だ。日本の文化を知らずに同じ振る舞いをすると「出しゃばりだ」と思われたり、「空気を読めない」と不評を買ったりする恐れがある。また、日本は職務分掌が曖昧で「とにかくチームのために頑張る」ことを良しとするが、欧米型の明確なジョブディスクリプションに慣れた人々には「自分の役割がはっきりしない」「どこまで自主的に動くべきかわからない」といった問題も生じる。

こうした相互の齟齬は、外国人材側のリテラシー不足だけでなく、日本企業側の“暗黙の了解”前提主義にも原因があるといえる。いずれにせよ、グローバル人材の採用が加速する中で双方がよりオープンな姿勢を持ち、対話と情報共有を徹底しなければ、本来の能力を発揮できないままミスマッチが起きる可能性が高まる。



異文化チームを活かす効果的なマネジメント戦略


異なる家族システムや文化背景を持つメンバーが最大限の力を発揮するには、多様性を受けとめる仕組みを整え、衝突を成長の原動力に変えるマネジメントが必要である。ここではエマニュエル・トッドの理論に裏打ちされた視点を踏まえつつ、日本企業が実践できるいくつかの方策を提言する。


1. 共通言語と情報共有の徹底

まず、言語の壁は組織内コミュニケーションの最大の障害となりやすい。日本語を社内公用語とする企業が多いが、外国人が増えれば増えるほど英語を共通言語として導入する利点は大きい。楽天が社内公用語を英語に切り替えた結果、外国籍社員が増加した事例は有名である。ただし、社内全体を一気に英語化できない場合でも、資料の英訳や専門用語・略語を廃して簡潔な日本語を使うなど、できる限りの配慮を行うと良い。加えて、会議後の議事録や決定事項を文章で共有することも重要であり、“暗黙知”に依存せず明文化する姿勢が求められる。


2. 異文化理解研修とメンター制度の導入

異文化コミュニケーションは、知識と訓練によってある程度身につけられるスキルである。外国人社員向けには日本のビジネスマナーやコミュニケーション慣習を教える初期研修を、日本人社員向けには多国籍の部下を指導する際のポイントや、各国の価値観に関するレクチャーを実施するなど、双方向の学習が効果的だ。しかし、実際には異文化理解研修を行っている企業は多くはなく、その必要性が理解されつつも実行が追いついていないのが現状である。併せてメンター制度を活用し、外国人社員が業務や職場環境に関する疑問を気軽に相談できる仕組みを設ければ、不安や誤解を早期に解消しやすくなる。逆に若い外国人社員が日本人上司をサポートする「リバースメンタリング」も有効であり、多文化視点の相互学習が企業全体の柔軟性を高める。


3. チーム編成とリーダーシップの工夫

異文化チームでは、家族システムごとに異なる特性を理解して役割を振り分ける工夫も大切である。日本や韓国のように直系家族的背景を持つ人々は、基本的に上司への尊敬や協調意識が高いが、同時に自発的意見発信が控えめになりがちである。そうしたメンバーには発言機会を明示的に設け、「あなたの考えをぜひ聞かせてほしい」と促す必要がある。逆にアメリカやイギリスのように絶対核家族的文化圏のメンバーには、個性やリスクテイクを尊重しつつ、孤立しないようチーム内での連携を仕組み化する工夫(ペア作業やローテーションなど)を取り入れるのが望ましい。

リーダーは状況に応じて指示型・対話型を使い分け、強いリーダーシップを好む文化にも、民主的なリーダーシップを重視する文化にも対応できる柔軟性が問われる。実務上は、日本人と外国人の共同リーダー制や、副リーダーに文化をよく知る社員を配して橋渡し役にする方法が有効である。家族システムの文脈でいえば、権威主義下で育った人には指示やルールによる安心感を与え、自由闊達な環境で育った人には裁量の幅を与えてやるなど、多様な価値観に合わせたマネジメントが必要となる。


4. 公正で開かれた評価制度

評価の基準が曖昧だと、異文化のメンバーは特に動機づけを失いやすい。従来の日本企業は暗黙の評価基準や長期的視点の育成枠組みを好みがちであったが、グローバル化に伴い「何が評価されるのか」をオープンに示す必要性(="見える化")が高まっている。客観的な目標設定や成果指標を明文化し、全社員に共有することで、外国人社員も自分がどう行動すればキャリアアップできるかを理解しやすくなる。評価基準や処遇が不明確なままだと、せっかく採用した優秀な人材が早期離職するリスクも高まる。


5. 多様性を活かす企業文化の醸成

最終的には「異文化は厄介だが仕方なく受け入れる」という消極姿勢ではなく、「多様な価値観がぶつかることでイノベーションが生まれる」という前向きな意識を組織全体で共有することが肝心である。社内に複数国の社員がいれば、その国特有の技術や発想に触れる機会が増え、新商品開発やサービス革新のヒントにつながる可能性がある。実際、社内コミュニケーションが活発になった結果、全く新しい市場開拓のアイデアが生まれた事例も少なくない。

リーダーやマネージャーは、多文化チームが達成した成果を称える場を作り、「多様性が組織の力になった」という成功体験を積み重ねることが大切だ。日本企業の独特な家族観に外国人材を一方的に“同化”させるのではなく、外国人社員から学ぶ姿勢を持ち、組織全体が変化を受け入れていく柔軟性が求められる。家族システムの違いを理解し合い、互いの強みを引き出すことで、企業の競争力を底上げできるはずである。



おわりに


エマニュエル・トッドの家族システム理論は、一見するとビジネスの現場からは遠い学術的な視点のように思われる。しかし、社会の基層にある家族観がビジネスパーソンの価値観やコミュニケーションスタイルに深く影響することを考えれば、異文化マネジメントを行ううえで示唆に富む分析軸であるといえる。

絶対核家族の個人主義から、直系家族の家父長制、共同体家族の集団主義まで、多様なバックグラウンドを持つ人々が日本企業で協働する現実がいままさに到来している。外国人材が組織にもたらす多様性は、マネジメントの工夫次第でイノベーションを引き起こす原動力になるが、放置すると誤解や摩擦を生む火種にもなり得る。だからこそ、日本企業は意思決定や評価制度などの仕組みを見直し、オープンなコミュニケーションと相互理解を徹底していかねばならない。

「社員は家族」という観念は日本企業の強みでもあるが、それを機能させるには“一方的な同調”ではなく“多様性の受容”へとアップデートする必要がある。エマニュエル・トッドの家族システム論が示唆するのは、文化的土台の違いを知り、互いにリスペクトし合いながら組織づくりを進めることの重要性である。グローバル人材の採用が加速する今こそ、自社の家族観・企業観に凝り固まらず、世界中の優秀な人材を巻き込みながら新しい価値を生み出す組織文化を築いていきたいものである。


(執筆・編集:Jelper Club CEO 光澤大智)


出典


1. 「新ヨーロッパ大全」(エマニュエル・トッド)

2. 「西洋の敗北」(エマニュエル・トッド)

3. 「大分断 教育がもたらす新たな階級化社会」(エマニュエル・トッド)

4. 「家族システムの起源」(エマニュエル・トッド)

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