
海外トップ学生の採用について話す際、企業の採用担当者が口にする言葉として、以下のようなものがあります。
海外の学生はすぐに辞めるから採用しづらい
海外大卒は定着率が低いというイメージがある
果たして、こうした言説は真なのでしょうか?
結論から申し上げますと、当言説は"偽"であります。むしろ国内の日本人学生の離職率と殆ど変わらないというのが結論です。
本記事では、国内学生と海外学生の定着率について分析し、海外学生の採用における誤ったバイアスの真偽を検証した上で、海外学生を定着させることの意義や方法論について言及していきます。
※当記事における単語の定義
海外学生:日本国内の外国人留学生・海外大の日本人・外国人学生
日本の学生:日本国内の日本国籍の学生
定着率の現状:海外学生vs 国内学生
日本企業では、新卒社員の3年以内離職率(定着率の裏返し)は約3割程度と言われます。厚生労働省の調査によれば、新規大学卒入社社員の34.9%が就職後3年以内に離職しており*1、毎年ほぼ3割前後で推移しています。では、海外の学生の場合はどうでしょうか。「海外学生は定着しにくい」との声もありますが、実際のデータでは日本国内の学生と比べて大差はないことが示唆されています。
株式会社キャリタスの調査によると、外国人留学生の入社3年後離職率が「日本人新卒より高い」と回答した企業はわずか17.0%にとどまり、「変わらない」と見る企業が66.0%にも上りました。さらに「日本人新卒より低い」(離職率が低く長く定着している)と答えた企業が17.0%ありました。そして過去数年の推移を見ると、「同程度」の回答率が過去5年間で4.7%ポイント増加しています*2。
また、パーソル総合研究所の調査においても、日本人と比べて外国人材正社員の離職率が高いと回答したのは21.3%であり、日本人の方が高いと回答した17.7%に比べて大きな差はありませんでした(日本人と変わらない、と回答したのは60.9%)*3。
よって海外の学生だからといって極端に早期離職しやすいわけではなく、日本の学生と概ね同水準の定着率であることが分かります。
更に、パーソル総研の別の調査では、海外の学生は日本の学生よりも内定承諾時や入社直後の満足度が高い一方で、入社後は日本の学生と同様のペースで満足度が下降していく傾向が示されています*4。これは、海外の学生が必ずしも「最初からすぐ辞めるつもり」で入社しているわけではないことを意味します。むしろ、彼らは当初日本の学生以上に会社に期待し、やりがいを求めて入社しているのです。実際、元留学生として日本企業で働いている人たちに「日本で働きたい年数」を尋ねると、平均11.6年という長期に及ぶ意欲が示されました。これは多くの日本の学生が持つキャリア観と大差なく、海外の学生自身は長く働く意志を持っていることが分かります。
企業の視点:海外の学生を採用・定着させる意義と施策
1. 海外の学生を採用するメリット
企業が海外の学生の採用を強化すべき理由として、以下のようなビジネス上のメリットが挙げられます(「外国人留学生/高度外国人材の採用に関する調査」 (2023 年 12 月調査)」の調査結果から考察していきます)*5。
多様性によるイノベーション: 異なるバックグラウンドを持つ人材の参画により、新たな発想や創造性が生まれやすくなります。実際、外国人留学生を採用した企業の約63.8%が「異文化・多様性への理解が向上した」と答えており、多様な視点が社内にもたらされることが確認されています。多様性の受容は組織の柔軟性を高め、市場の変化に対する適応力やイノベーション創出につながります。
社内の刺激・活性化: 海外の社員の存在は日本人社員に良い刺激を与えます。異なる意見や価値観に触れることで社員が新たな学びを得たり、語学力向上に励むなどの効果が報告されています。株式会社キャリタスの調査においては、約59.4%の企業が「日本人社員への刺激・社内活性化」があったと回答しており、マンネリ化しがちな社内に変化を促す存在として期待できます。 実際日本企業特有の年功序列や暗黙のルール、阿吽の呼吸でのコミュニケーションなどに、採用した海外学生が戸惑うケースは少なくありません。株式会社キャリタスの調査においても、「文化や価値観の違いによるトラブル」が課題と回答した企業は38.1%に上り、日本人社員と海外人材との相互理解の難しさが浮き彫りになっています。例えば、日本人社員にとって当たり前の「その場の空気を読む」コミュニケーションは海外出身者には通用せず、物事を納得いくまで議論しようとするなどアプローチが異なるため、双方に調整が必要になります。
一方で、こうした異文化の衝突は必ずしも悪いことではありません。実際に海外学生を受け入れた企業からは「些細なことでも納得するまで議論する姿勢が日本人社員への刺激になり、今までの当たり前を見直すきっかけになった」といった肯定的な声も上がっています。よって、一見ネガティブな影響かのように見える事象も、中長期の目線で見ればポジティブな影響となっているケースがあり、そうした文脈において海外学生採用による社内の活性化をもたらすことができます。
グローバル展開への寄与: 語学力や海外経験を持つ人材は、企業の海外事業展開において橋渡し役となります。外国人社員を採用した企業の59.4%が「グローバル化推進への理解や意欲が醸成された」と述べており、海外拠点との関係強化や海外市場開拓にも間接的・直接的に好影響を与えています。海外学生自身のネットワークや現地感覚を活かすことで、新たなビジネス機会を創出することも可能です。
優秀な人材の確保: 日本国内の18歳人口減少に伴い、優秀な人材の獲得競争は激化しています。特に海外のトップ大学で学んだ人材は高い専門知識や実践的な語学力を備え、即戦力として活躍できる潜在力が高いとされています。日本企業に新風を吹き込み将来の幹部候補となる人材を確保する意味でも、海外トップ大卒者の採用は戦略的意義が大きいでしょう。
海外学生の定着に向けた受け入れ施策
こうしたメリットを生かすためにも、採用した海外の学生に長く活躍してもらうことが重要です。企業の採用担当者は、入社後のフォロー施策を整え定着率を高める工夫をする必要があります。実用的な施策や事例として、以下が挙げられます。
オンボーディング研修の充実: 入社初期に、日本のビジネスマナーや社内ルールに関する研修を実施します。ただし画一的なマナー教育だけでなく、双方向の文化理解を促すプログラムにすることがポイントです。海外人材が日本の職場文化を学ぶと同時に、受け入れ側の社員も異文化コミュニケーションを学べる場とし、お互いのギャップを埋めます。
メンター・サポーターの配置: 社内に相談役となるメンターを設け、新人の海外学生を継続的にサポートします。可能であれば英語などでコミュニケーションできる先輩社員を担当につけ、業務上の不明点だけでなく生活面での悩みなども気軽に相談できる体制を構築します。メンター制度により「困ったときに頼れる人がいる」安心感を持たせることで、孤立や不安からの早期離職を防ぐ効果が期待できます。
職場内コミュニケーション環境の整備: 言語の壁を低くする工夫も有効です。例えば、社内掲示や業務マニュアルの英訳を用意したり、重要な会議では要点を英語で共有するなど、多言語対応を進めます。現在、多くの企業で日本語以外の情報提供が不足している現状があるため*6、そこを改善することで海外人材も情報を十分に得て能力を発揮しやすくなります。また、社内公用語を英語にするほどでなくとも、日常会話で簡単な英語や平易な日本語を織り交ぜるなど、お互いが歩み寄るコミュニケーションを促進します。
キャリアパスの明示と育成計画: 海外人材には、中長期的にどのようなキャリア機会があるのかを早めに示すことが大切です。配属時に将来のキャリアパスの選択肢やローテーション計画を説明し、本人の志向に合ったプロジェクトや研修機会を提供します。例えば「将来的にグローバル事業の要職を担ってほしい」「専門スキルを磨いて○年後に〇〇のポジションを目指せる」といった具体的なビジョンを共有することで、本人のモチベーションを高め定着につなげます。また定期的な面談を通じてキャリア目標を擦り合わせ、人事配置に反映していく柔軟性も重要です*7。
公平な評価・処遇の制度化: 前述の通り、公平性は定着の鍵です。日本人と海外人材で不合理な待遇差が生じないよう、評価基準や昇進要件を明文化し全社員に開示します。仮に初任給水準などで差を設ける場合も、その根拠を丁寧に説明し納得感を得られるようにします。また、成果や能力に応じた昇給・昇格の機会を平等に与え、「ガラスの天井」がないことを示すことが大切です。評価における主観的要素を減らし、能力と業績に基づく人事を行うことで、海外人材も将来展望を描きやすくなり定着率向上につながります*8。
働きやすい職場づくり: 長時間残業や硬直的な働き方は、海外で多様な働き方を知る人材には魅力的に映りません。そこで、働き方改革の一環として外国人社員のみならず全社員の労働環境を改善します。例えばノー残業デーの徹底や有給休暇の取得奨励、フレックスタイム制度の導入など、ワークライフバランスに配慮した制度を整えます。加えて、業務の裁量権を拡大し、自分の判断で動ける範囲を増やすことで、優秀な人材ほど感じがちな「日本企業では窮屈だ」という印象を和らげます*9。これらの施策は海外人材だけでなく国内の日本人社員にとっても働きやすさを高めるものであり、結果的に組織全体の定着率向上にも資するでしょう。
まとめ
グローバル人材戦略が重要性を増す中、海外学生の採用と定着は日本企業にとって避けて通れない課題です。しかし、本稿で示したデータや専門家の指摘から明らかなように、「海外学生はすぐ辞める」という固定観念は必ずしも事実ではありません。多くの海外学生は日本企業で長く活躍する意欲を持っており、定着しないとすればそれは企業側の受け入れ環境に原因がある場合が少なくありません
。
企業の採用担当者・人事担当者に求められるのは、客観的データに基づきこの事実を正しく認識することと、そして実効性のある施策を講じて優秀な海外人材が能力を発揮し続けられる職場を作ることです。海外学生が安心して長く働ける環境を整えることは、単に離職率を下げるだけでなく、組織の活力や国際競争力を高める投資でもあります。日本人・外国人を問わず誰もが働きがいを感じられる職場づくりを進めることが、結果として海外学生の定着率向上につながり、企業全体の成長を後押しするでしょう。
(執筆・編集:Jelper Club 編集チーム)
出典
1. 「新規学卒就職者の離職状況(令和3年3月卒業者)を公表します」(厚生労働省):https://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/0000177553_00007.html#:~:text=%E5%B0%B1%E8%81%B7%E5%BE%8C%EF%BC%93%E5%B9%B4%E4%BB%A5%E5%86%85%E3%81%AE%E9%9B%A2%E8%81%B7%E7%8E%87%E3%81%AF%E3%80%81%E6%96%B0%E8%A6%8F%E9%AB%98%E5%8D%92%E5%B0%B1%E8%81%B7%E8%80%85%E3%81%8C38
2・5. 「「外国人留学生/高度外国人材の採用に関する調査」 (2023 年 12 月調査)」(株式会社キャリタス):https://www.career-tasu.co.jp/wp/wp-content/uploads/2024/01/202312_kigyou-global-report.pdf
4・8. 「留学生の就職活動と入社後の実態に関する定量調査」(パーソルキャリア株式会社「CAMP」/株式会社パーソル総合研究所):https://rc.persol-group.co.jp/thinktank/assets/foreign-students.pdf
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