
日本の大企業の採用担当者と話をしていると良く耳にする言葉として、以下のようなものがある。
〇〇件応募が欲しいです
如何に多くの母集団にアプローチができるかが勝負です
以上のように、採用母集団を気にする採用担当者は多い。なぜなら採用施策の予算承認の稟議においては、予想内定数を提出する必要があるためである。
採用施策の予算策定に係る内部稟議においては、その予定内定数の算出には一定のロジックが求められるため、採用担当者は、以下のような方程式を使って予定内定数を算出し、それを基に稟議に上げる。
母集団サイズ×応募率×内定率
しかしここで問題になってくるのは、特に「内定率」という変数を、定数扱いしている採用担当者が非常に多いことが挙げられる。その理由として良く挙がるのは以下のようなものである。
新卒のスキルレベルは正直、どの大学出身でもどんな成績を取っていても大差ない
リソースが足りず、母集団のセグメントごとに内定率を算出する余裕がない
こうした理由を基に、結果として「内定率」という変数が定数化され、代わりに「母集団サイズ」と「応募率」という2つの変数が重視される風潮が主流となっている。
当風潮は日本の新卒採用の効率性を著しく下げており、これによって、1)採用にかけるリソースが足りなくなり、2) 結果的に当アプローチから脱却できず、3) 更に採用効率が下がり、1) 採用に書けるリソースが足りなくなる…、という負のスパイラルが発生している。
そして、この負のスパイラルは特に優秀層の採用の成否に大きく影響していることが観測されている。これこそが「手段の目的化」による機会損失であり、売り手市場における採用競争を勝ち抜くために手段に拘泥し、結果的に本来の目的から逸脱してしまうという「売り手市場の罠」である。当記事では、この「売り手市場の罠」問題を深堀した上で、当問題がもたらす機会損失と、その解決方法について提言していく。
「方程式」の問題点 – 内定率を定数扱いする弊害
なぜ採用担当者は内定率を定数として扱ってしまうのか。その背景には、新卒のレベル感に対する採用担当者の理解不足と評価基準の単純化という二つの要因がある。新卒のスキルレベルを一括りにしてしまうため、厳密な評価指標を設定するよりも、過去の歩留まりを参照して採用予定数を確保するほうが手っ取り早いと考えがちである。さらに、企業内での採用活動の評価指標が「エントリー数」や「説明会動員数」といった分かりやすい数量に偏っている場合、担当者は母集団の規模拡大に注力せざるを得ない。つまり「何人の学生にリーチできたか(説明会や採用媒体、イベント等で接触できたか)」「何人応募を集めたか」が目に見える成果として強調され、「採用プロセスの改善によって歩留まりを上げる(=内定率を高める)」といった質的指標は後回しになりやすいのである。
そうした中で、内定率を固定の前提としたまま母集団サイズに頼る採用手法には、いくつかの深刻な弊害がある。
適切な人材確保の難化:数合わせのために広く母集団を集めると、自社に本当にフィットする人材を見極めることが難しくなる。応募者数が膨大になるほど一人ひとりに割ける時間が限られ、表面的な選考で優秀層を見落とすリスクが高まる。 さらに母集団が大きいほど、熱意の低い応募者やミスマッチの候補者も増加するため、内定を出しても入社に至らないケース(内定辞退)が多発し、本当に必要な人材を確保できない事態を招きかねない。
リクルーティングコストの増加:母集団を闇雲に増やそうとすれば、採用広報や求人広告、合同説明会の開催、エージェント活用などにかかるコストが雪だるま式に膨らむ。たとえば、新卒採用の内定承諾率は平均で5割程度という調査も存在する*1。大半のオファーは辞退される前提で採用計画を立てるため、必要な入社者数を確保するには当初から何倍もの候補者に内定を出さねばならず、一人を採用するためのコストが非常に高くなるのである。
採用効率低下がもたらす影響 – 「売り手市場の罠」による機会損失
1.優秀な人材の他社流出
採用の効率性が低下すると、真っ先に影響を受けるのが優秀な人材確保の競争である。母集団集めに奔走し、選考プロセス改善を後回しにしている企業は、採用スピードや候補者対応の質で機敏な競合他社に遅れを取る。特に売り手市場では、学生が複数の内定を得て比較検討するのが一般的であり、選考に時間をかける企業を優秀な学生が待つとは限らない。結果として、自社の非効率的なフローによって、有望な人材を競合に横取りされるという機会損失が生じる。
もっと言えば、そもそも超優秀層はそうした大きな母集団形成の網に入りにくい。なぜなら、彼らは引く手あまたであることから、「沢山内定を貰って、安心を得たい」という思考になりにくく、むしろ「自分が関心のある企業に自らアプローチ、或いはアプローチされて、そこから内定を貰えればそれで良い」という思考になり、結果として「内定獲得」を目的とした一般的な求人媒体や就活塾のようなものを志向しないためである。
よって、母集団集めに奔走することによって、本来の目的である「優秀な学生の採用」が難しくなるという「手段の目的化」が発生しており、これこそが「売り手市場の罠」なのである。
2.採用プロセスの不必要な肥大化
母集団規模頼みの戦略では、エントリー者数が膨れ上がるほど選考プロセスが煩雑になりがちである。大量の応募者を捌くために筆記試験やグループ面接を何段階も設けたり、AIスクリーニングで機械的に絞り込んだりすることによって、プロセスが受験者にとって負担になり、多くが途中で離脱する場合もある。
こうした状況は、自ら歩留まりを悪化させる悪循環を招くだけでなく、現場の面接官やリクルーターの稼働が増えて生産性が低下し、組織全体へ余計なコストを及ぼす。さらに、受験者に「応募者を大切にしない会社」というネガティブな印象を与えれば、将来的な応募減少にもつながる。
また、この採用プロセスの不必要な肥大化を正当化させるために、学生側に「ES作成には生成AIを使うな」「生成AIを使ったESは一発でわかる」などの言説を流す企業も多く見受けられるが、将来的なテクノロジーの発展を見れば、そうした努力も徒労に終わる可能性が高い。
3.企業成長機会の損失
優秀な人材を十分に確保できないうえ、採用に過剰なコストや時間を割くことは、企業の成長機会を大きく奪う。本来なら新規事業やイノベーションに充てるべきリソースを、非効率な採用活動に費やしてしまうからである。仮に歩留まりの悪さを補うために、必要数の倍近い採用目標を掲げて母集団を集めても、内定辞退などで計画を満たせなければ事業推進そのものが遅延する。これは単なる採用部門の問題にとどまらず、企業全体の機会損失となる。さらに、新卒採用で質の高い人材を確保できなかった場合、将来のリーダー層不足を招き、5年後10年後の競争力低下として跳ね返る恐れもある。
このように「売り手市場の罠」は多方面に影響を及ぼし、従来の延長線上のやり方では限界に達している企業が増えている。では、具体的にどのような打開策があるのか、以下に提言する。
解決策の提言 – 内定率の動的管理と戦略の再構築
1.「内定率」を動的な変数と捉え、改善目標を設定する
まず必要なのは、内定率(内定承諾率や各選考ステップの通過率)を固定値ではなく、改善すべきKPIとして扱う発想の転換である。過去の平均値に甘んじることなく、「今年は内定承諾率を△%から◯%に引き上げる」という具体的な目標を設定し、その達成に向けた施策を講じる。たとえば、内定辞退の理由をデータ収集して分析すれば、待遇面のミスマッチなのか、フォロー不足なのか、他社との選考タイミング差が原因なのかが分かる。そこに合わせた対策(内定提示時の条件見直し、候補者コミュニケーションの強化、選考スケジュールの短縮など)を打つことで、内定率の向上を図ることが可能である。内定率は企業努力や環境で変動し得る動的な数値であり、ここにテコ入れすることで必要母集団数を抑えつつ採用人数を満たすことができる。
なお弊社の観測では、利用する採用媒体を大きく変更することで内定率が格段に上がるケースが近年増えている。テクノロジーの発展とグローバル化により、各媒体の母集団の細分化が進んでいるためである。特に媒体によってレベル感や就活のパターンが大きく異なるケース(弊社Jelper Clubの採用プラットフォーム「ジェルパークラブ」はまさにこれに該当する)も存在する。そこで一度、母集団サイズではなく内定率に着目し、使用する採用媒体を精査してみることを推奨する。
2.採用戦略の再構築 – 質を重視したアプローチへ
手段が目的化した採用から脱却するためには、母集団の量頼みの戦略を見直し、質を重視するアプローチを構築する必要がある。闇雲に応募者を集めるのではなく、自社が求める人物像を明確化し、そのターゲット層に響く採用マーケティングを展開する。詳しくは「採用マーケティングのガイドライン2025」「"The Hero and the Outlaw" - 新卒グローバル人材採用成功のための「ストーリー」構築マニュアル」を参照。
3.データ分析の活用による精度の高い戦略設計
現在の採用現場には、選考管理システムや分析ツールなど、データを蓄積・活用できる環境が整いつつある。このデータを用いて事実ベースの戦略設計を行うことが重要である。
具体的には、各段階での歩留まり率(書類選考通過率、一次面接通過率、最終面接通過率、内定承諾率など)を可視化し、どこがボトルネックになっているかを洗い出す。
一次面接通過率が極端に低ければ、母集団の質に問題があるかもしれない。内定承諾率が低いなら、内定者フォローやオファー条件が適切でない可能性がある。さらに、どのチャネル(大学別、ナビサイト別、イベント別など)から来た候補者の承諾率が高いかを分析すれば、翌年以降の母集団形成を最適化するための指針を得られる。内定辞退者へのアンケートや選考中の行動データを活用して辞退予兆を検知し、先回りしてフォローする技術も登場している。こうしたテクノロジーを積極的に取り入れ、データドリブンな採用改善を進めることが肝要である。
最後に、採用担当者と経営層に向けて、本質的なKPIに立ち返ることを改めて強調したい。新卒採用の目的は「自社の将来を担う優秀な人材を獲得し、定着・活躍してもらうこと」であるはずだ。しかし、売り手市場の中で母集団形成や選考プロセスそのものが目的化し、真に重要なゴールが見失われてはいないだろうか。エントリー数や内定辞退率だけに注目するのではなく、必要な人材をしっかり確保できているか、その人材が長期的に戦力化しているかといった質的な指標をKPIとしてモニタリングすることが不可欠である。
経営層は、人事部門に十分なリソースと裁量を与え、質重視の採用改革を支援すべきだ。ただエントリー数を求めるのではなく、選考プロセスや使用する採用媒体の見直し、候補者への丁寧なアプローチを奨励することで、最終的な採用力は高まる。採用担当者は、自社の採用活動をデータに基づいて振り返り、どのフェーズに改善の余地があるかを提案・実行する役割を担う。内定率の向上は容易ではないが、一度改善が軌道に乗れば母集団に振り回されない採用へ転換でき、限られたリソースで最大の成果を得ることが可能になる。
結びに、「手段の目的化」を避け、採用の本質に立ち返ることこそが、「売り手市場の罠」にはまらない最大の要諦である。内定率という変数を味方につけ、質の高い採用を実現できれば、それ自体が他社との差別化となり、優秀な人材から選ばれる企業へと成長できる。人材獲得競争が激化する時代にあって、採用の在り方を今ここで変えることが、将来の大きな機会創出につながるはずだ。企業の未来を担う人材との出会いを無駄にしないためにも、採用戦略を見直して「手段の目的化」による機会損失を防ぎ、攻めの採用に踏み出していきたいものである。
(執筆・編集:Jelper Club CEO 光澤大智)
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